020.試験開始のベルが鳴る!
予定通り半年間一海の道場で修業を重ねた神奈川メンバーと青森メンバー達はそれぞれ試験が近くなると別行動になり、それぞれ麻弥や白希、千波に案内されて狙撃手の試験を受ける為の会場まで連れて行かれた。
「準備は良いか?生易しい試験じゃないから重々警戒して行くんだぞ」
まるで口先だけのように白希は言う。稜も今は式神の肉体ではなく今までどおり綾と肉体を共有している状態だ。そしてそれを知っているがやはり外見は綾という事でがっしりと綾の手を取りそれはそれは心配そうに言いなおした。
「大丈夫ですか?何かあったらコイツらを盾にしてでも逃げてください!必要であれば逃げるのも狙撃手として必要なことですからね人間であればなおさら!」
その白希の言葉にぽかんと呆気に取られた顔をしたものの、そんなに危ない試験ならその資格が必要な任務ってもっと危ないんじゃ…?なんて不安が過ぎる。もちろん極秘探偵である以上今までの任務が簡単すぎたのだ。最初の任務はいくらか酷ではあったけれど。
「なあ聞いたか透也」
「ああ、聞いた」
「人間なら逃げても大丈夫だそうですよ樹。良かったですね」
「いや、そこじゃねぇよ!」
確かに樹は神奈川メンバーで唯一の人間だが逃げるのは彼のプライドに反する事なので絶対にしない。でも問題はそこではなく、試験に出しておきながら逃げろとは矛盾しているだろうという事だ。
「良いんだ、綾さんは巻き込まれたようなものだからな」
「お前ちょっと綾に甘くね?」
「まあ甘やかしたい気持ちは分かりますけどね。俺もそうですし」
「お前もかよ!?」
「パートナーとして当然でしょう?可愛い子はアメ。可愛気の無い子にはムチ…ですから」
「そこ笑って言うとこじゃねぇだろ」
第一秀一が言うとシャレに聞こえないところが怖い。彼は満面の笑顔で拷問しそうな奴だからだ。そしてそんな相手にもツッコミを入れる無謀な樹。

「それじゃあ、頑張ってくるね!」
そして綾達神奈川メンバーは会場の中へ入っていく。その数分後、青森メンバーが麻弥に連れられ会場に到着する。もちろん内容は麻弥の事だ、大まかに「受かって来い」しかないだろう。他にも様々な極秘探偵達が集まっているようで、会場の中に入った綾達は見たことのない顔ぶれに田舎者のように辺りを見回していた。
「全然知り合い居ないね」
「そりゃあなー…忙しい奴らは顔合わせる事も無いんだ」
助っ人が必要なのも各県から近いところから選ぶのが普通だ。先日のように青森のメンバーをみんなが知っていたのはあそこのリーダーである玄太郎が一海の弟子であり頻繁にこちらへ来るからだ。
「わっ…ご、ごめんなさい」
狭い会場の中にぞろぞろと人数が集まってしまってはさすがに他のメンバーと離れたら探すのに一苦労だ。そのために出来るだけ離れないように綾はパートナーである秀一の服の裾を掴んでいたのだが―――咄嗟にその手を離し派手に転んでしまった。頭の中で稜が「どんくせぇ!」と笑っているのが聞こえてむすっと膨れる。
「悪い、大丈夫か?」
「だからあまりはしゃぐなと言っただろ」
先程ぶつかった人が手を差し出す。よく見ると同じ年くらいの男の子でその後ろに居る男の子が呆れたように見ている。綾は差し出された手を取り立ち上がるともう一度頭を下げておく。
「どこも怪我ないな?…って、見ない顔だけどどこの子だ?」
「か、神奈川です」
「マジか。俺は埼玉の極秘探偵で大地。よろしくな」
「あ、よろしくお願いしま―――」
綾がそう言いかけた時、すぐに綾が居ない事に気づいた秀一が慌てたように人ごみをすり抜けて駆け寄ってきた。
「ああ良かった綾、ここに居たんですか?急に居なくなるから心配しましたよ―――そちらは?」
「俺は大地だ―――」
秀一がちらりと視線を大地へ移したものだから自ら答えようとすると、次の瞬間には転んだんですか!?とか怪我は!?とか綾の心配ばかりして自己紹介をしてやろうとしている大地の話しなど右から左だ。むしろこれっぽっちの関心さえ抱いていない。
「…ってオイ!人の話聞いてんのかよお前!」
「煩いですね、君に聞いたんじゃありません俺は綾に聞いたんですよ」
スッパリと言い放たれた言葉にカチンとくる大地。これほど最悪な出会いはないだろう。たった今大地の中で秀一に対しての第一印象が極端に下った。そしてそれを見ていた大地のパートナーと思われる男がぽつりと口にする。
「そうか、神奈川に新しく極秘探偵が増えたとは聞いていたが女だったのか」
通りで最近神奈川は活動が減ったなと思った…と一人で納得している。
「美崎、なんか俺アイツすっげぇ苦手」
ビシッと大地は秀一を指差す。その先では秀一が「人を指しちゃいけないんですよー綾はああいうの見習っちゃダメですからね」なんて嫌味ったらしく笑顔で言っている。
「あれはあの子と同じ神奈川の秀一だな。あの保護者っぷりを見ればすぐ分かる」
「保護者!?」
「だ・れ・が…保護者ですって?」
「ほら、あの自分の気に入らない言葉だけ耳に入るのも特徴だ」
「それ今とって付けたような説明だよな」
「気のせいだ」
しれっと言った後で美崎と呼ばれた埼玉の極秘探偵は綾を見る。視線に気付ききょとんとした顔で見返すと、鼻先で笑われた。
(う…な、何あの人、ちょっと感じ悪い)
確かに出会いは微妙だったけれど(派手に転んだわけだし)何も人の顔を見て鼻先で笑う事はないと思った。そんな綾の様子を見てかクスリと秀一が腹黒い笑みを浮かべる。
「綾、早く戻らないとみんなが心配しますよ」
「え?あ…そうだった。えっと、それじゃあ大地、さっきは本当にごめんね!」
ぶんぶんと手を振って秀一に引きずられるようにして綾はその場を立ち去る。残された大地はそんな光景に毒気を抜かれるような思いだった。
「…何ていうか、可愛かったなあの綾って子」
「そうだな。頭の悪そうなところなんかは放っておけない気分にさせられる」
「え、それ褒めてんの?」
「さあな」
そんな会話が本人の耳に入らなかったのは幸いだろう。間違いなく「頭が悪そう」は褒めていない。そしてそれを聞いた綾はむすっと膨れてその後暫く機嫌を直しそうにない。


一方、秀一に引きずられるようにして綾は再び神奈川メンバーとの合流を果たすといつにも増して激しいスキンシップで透也が迎えた。
「綾―――ッ!!迷子だっていうから心配したんだぞーッ!」
「……………迷子…?」
何か凄く子供扱いされた気分で秀一の方へ目をやればさっと視線を逸らされた。
「そうそう、聞いてくださいよ透也、綾ったら早速悪い虫を寄せ付けてるんですよ」
「何ー!?どこのだ!?どこの奴らだ!!」
「埼玉みたいですね」
「よーし、絶対に暫く埼玉への助っ人は行かん。人数が足りないなら沖縄あたりに援軍頼めって言ってやれ
何と言う私利私欲。というより秀一が神奈川メンバーの中でお母さんというポジションであれば透也はお父さんというポジションになりつつある(あくまで綾の中では)当人達にはそんなつもり全く無いが。こういった各地のメンバーが集まるとなると自分達が惚れている紅一点の女の子を他の県の相手に取られやしないか気が気ではないらしい。特に他の県に比べて神奈川メンバーは独占欲の塊のようなもので、妙なところで普段見せたことのない団結力を見せる。透也と秀一なんて日頃は恋敵同士であり(それはもちろん他のメンバーもだが)綾の事となれば協力なんてクソくらえ、相手を蹴落としてでも自分のものにしてやると普段は裏でコソコソやっているが、こういった時は別だ。今以上に競争率が高くならないように他の害虫を駆除しようとしている(まあ、二人とも性格は別として顔は宜しいからそれほど女に飢えているわけではないけれど)そんな事には微塵も気付かない綾はやはり変なところで鈍感と言える。
「なあ、お前ら話に夢中になってるけどさ」
そこへ水をさすように樹が言う。
「綾さっき喉か沸いたっつって自販機探しに行ったんだけど」
「あのおバカちゃんーッ!!!」
「ここに自販機なんてあるわけないでしょー!!」
寧ろその為に秀一なんてちゃんとペットボトルの飲料を(綾が好きそうなものを片っ端から)バッグに入れて持ってきているというのに(かなりの量なのに涼しげに持っているから気付いてもらえなかったのだ)なぜこんな人里離れた…というか人間界と霊界を繋ぐ境界で自動販売機など探しに和を乱す必要があるのか。
「お前らが話に熱中してたのが悪い」
キッパリと和臣が言う。そしてその横で暇つぶしとばかりにゲームをしている竜慈。最近流行している格闘ゲームらしく熱中して物凄い速さでボタンを連打している音がガチガチと虚しく木霊する。
「…まあ、稜も居るだろうし大丈夫だとは思いますけど…探しに行ってきます!」
「大丈夫だと思ってないじゃんソレ!!」
さすがにこの秀一の行動には竜慈もツッコミをいれた。


その頃綾はというと…自販機など当然見つかるはずもなく逆に狭い会場に人数が集まっているだけあって人口密度が高くなおさらのどが渇いてくる(これは緊張のせいでもあるが)稜は先程から試験が始まるまで面倒だからと眠りに入るし、慣れてきたとはいえこの半年で同じ神奈川メンバーの奇怪な行動は分からない事ばかりだ。透也は過剰にスキンシップを取るようになってきたし樹は一海の道場で緊急任務があった時からどこか様子がおかしい(何となく避けられているような気がする)秀一はここに来てからいつも以上に過保護だし、竜慈は新しくゲームが出たとかでずっとゲームに熱中している。そして和臣はいつも通り無口。そんな感じで個性豊かなメンバー達に囲まれつつもその特徴を全く掴めないでいる綾。もう少し打ち解けたいと思うものの、今ひとつ踏み出せないでいる…というのが正直なところだ。
(それにしても、喉か沸いたー…)
あたりを見回しても人ばかりで自販機どころか購買すら見当たらない。そんな中でふと目に入った人物がペットボトルを片手に「試験まだー?」なんて呟いていた。これだ!と思い綾はその人物に尋ねてみる事にしたのだ。
「あ、あの…すいません、この辺に自動販売機ってありませんでした?」
「は?」
その人物に声をかけてみたところ、間抜けな声でやや馬鹿にされたような返答が返ってきた。しかし人口密度で熱い会場内で水分を欲している本能からすれば少し馬鹿にされたくらいで腹を立てる余裕なんてない。
「だからあの、自動販売機…」
「ぷっ…くくくっ…何や自分、喉渇いとるん?」
男の言葉を聞いてもしかして、と思う。いや、もしかしなくても関西弁だ!大阪の極秘探偵なのだろうか。随分と気さくな感じでにんまりと愛嬌のある笑顔を綾に向けてくる。
「ほい」
そう言って差し出されたのは先程まで彼が口にしていたペットボトルで…もちろん特に抵抗があるわけではないが貰っていいのかと遠慮がちに顔を見上げる。
「あっ…もしかして嫌やった?」
「いえ!むしろ飲んでも良いんですか?すっごい喉か沸いてるんで飲み干しちゃうかも知れませんよ?」
「ちゃうちゃう、そういう事やのうて間接―――」
「冗談も対外にしろ辰美。…ほら、どうぞ」
辰美、と呼ばれた男の頭をゴスッと鈍い音を立ててペットボトルで殴ると、眼鏡の男の人は少しへこんだそのペットボトルを綾に差し出した。
「あ、ありがとうございます…でも良いんですか?」
「ああ。それともこっちが良かったか?」
そう言って指したのは先程の飲みかけのペットボトル。綾からすれば別にどっちも同じものだから味は変わらないんじゃ?と思っているが未開封と開封後は大いに違う。何が違うのか分からないというように首を傾げると眼鏡の男はぷっと吹き出す。
「はは、おもろいなアンタ。名前は?」
「え?ええと、綾です。神奈川の極秘探偵です」
「俺は雪。大阪の極秘探偵だ。こっちのバカが辰美」
「おう、よろしゅーな綾ちゃん」
眼鏡をかけた男のほうは雪というらしい。辰美とは違って方言などを使わない事が印象的だった。

「ぷはーっ!なんか生き返った感じですっ!」
ようやく喉を潤せた綾は本当に生き返ったかのようにニコニコと上機嫌だ。そんな綾をまるで初めて見る生き物を観察するかのようにじっと見つめる二人。その目はやや好奇に満ちていて次いでゴクゴクとか細い喉を鳴らして半分ほどあっという間に飲み干してしまった綾を見て今度こそ笑い出した。
「なんや暇な試験かと思っとったらおもろそうやな、雪」
「だな。初めて見るぜ、こんな小動物みたいなの」
「別の小動物ならうちにもおるやん」
「…あれは…どう接すれば良いかわからん」
「せやなー、うちの子も綾ちゃんくらいおもろかったらええのに」
「そりゃ無理ってもんだろ」
一体誰と比べているのか分からないけれど何だか自分が褒められているのか貶されているのか、正直に喜べない状態だ。そんな事よりもこれからどうやって先程までの場所に戻るかだ。多分それぞれに移動していたから人ごみを掻き分けていても合流するのは難しそうだし、かといって先程来た道順を覚えているかと聞かれればそんな余裕も無かった。つまり戻る事が出来ない。
そう思ってあたりをきょろきょろ見回せば、やはり先程のように秀一が…今度はニコニコと満面の笑顔を携えて綾を見つけたように歩み寄ってきた。その動作の一つ一つがどこか黒味を帯びて明らかに怒ってますというオーラが見えるのは気のせい…だと信じたい。
「探しましたよ綾。自販機は見つかりましたか?見つかるわけないでしょ、ありませんもの」
有無を言わさぬお説教モード。笑っているのにどうしてその笑顔が般若の微笑みに見えるのか綾は自分の想像力(というか幻覚)を呪った。
「で?それはどうしたんです?」
「はいはーい!綾ちゃんに可愛らしくオネダリされたからボクがあげましたー!」
「へぇ…可愛らしく、オネダリ、ですか」
「えっ!?え?ち、違うよ秀一!辰美じゃなくて雪がくれたんだよ!?」
ねっ!?となぜか涙目で訴える綾。それを見て二人は何だかキュンと胸の奥が締め付けられるような衝動を覚えたけれど、二人には綾の目から見て秀一が般若のような形相で怒っている事など知る由も無い。
「あ、ああ…」
かろうじて雪が答えると秀一はニッコリと微笑み(しつこいようだが般若のような形相には見えていない)綾をがっしりと逃げないように片手で拘束し…もとい抱きしめて鞄の中から何かを取り出して二人に渡した。
「うちの綾がお世話になりました。はい、これお詫びです」
「…別に良いのに」
そう言いつつも半ば強引に押し付けられたものを良く見ると何とも男が貰うには可愛らしいパッケージの飲み物でおなかニコニコ乳酸菌☆ホワイトウォーターと書かれていた(誰の目から見ても綾の為に持参したとしか思えないものだ)それを手に取った雪はピシッと硬直し、それを見た辰美は盛大に噴出し腹を抱えて笑い転げている。
そして、タイミングを見計らったかのように試験開始ともとれるベルが会場内に鳴り響いた。


041004...081110修正