004.非現実的な日常への誘い
「なんかの間違いじゃねーの?大体こんなガキが居たら邪魔になるだけだろうが!それとも何か?コイツは俺より強いって?ありえねえ!この仕事はどういう奴等が受ける仕事か知ってんのか?ああ?この仕事はな、お前みたいなお子様には無理なんだよ!それにこの職を任されるって事は、普通の人間だって思われてないって事なんだぞ!?そりゃあ確かにこんな所にぬけぬけと来るような奴だから普通じゃ無さそうだが、たいした能力も無いような普通の人間の来る場所じゃない!!」

突然マンションに響き渡る怒声。それはスポーツマンといった感じの熱血漢漂う男らしい一番背の高い男の怒声だった。事は先刻、千波が新しい極秘探偵のメンバーを紹介すると言って綾を紹介したことから始まった。そして今に至る…と。
「ごちゃごちゃウルセェんだよ…この木偶の坊…」
不意に先ほどまでオロオロしたり緊張していたのかカチコチに強張っていた綾とは思えない声が出る。これは当然、稜の声だ。
「やっと出てきたのね。ダメじゃない、人間の女の子と融合するなんてハ・レ・ン・チ
語尾にハートマークでも付きそうな言い方をされて稜の眉間に皺が寄る。ただでさえ男が言った"ガキ"だの"お子様"という言葉が頭の中でリピートされて苛立って綾の人格を強引に差し替えてまで出てきたというのに、破廉恥だの言われた日には怒りが爆発してもおかしくない。
「という事で貴方達も聞いたことくらいはあるんじゃないかしら?"天狼"って妖怪を」
何がどういう事でこういう状況になったのかサッパリわからないが話をややこしくする前に千波が上手くまとめようとしたのだろう(結果的には上手くもなんとも無いが)けれど天狼という単語を聞いてピクリと反応したのはニコニコと笑って微笑ましい光景でも見ているように穏やかだった男。
「天狼…稜ですか」
これは驚いたと言ったようにムッスリと腕組してソファの背もたれに寄りかかりスカートなのに足を組んでいた人物に視線を向ける。もちろん他の全員もだ。
「まさか女になってるとは思いませんでしたけど」
プチッと音が聞こえて今にもキレて掴みかかりそうな稜。しかし男は天狼である稜を知っているようだった。それもそうだろう、魔界で天狼と言ったら稀な異端児…とでも言おうか。忌み子や間の子…哀の子という「禁忌の子」として言われているのだから。ある者は恐れある者は敵視し、殺そうとして常に命を狙われている妖怪…その能力は底知れず産まれながらに魔力が強い事から天狼の種族は殺され続け今では稜のみ…ではないかと思われるくらいに極少種族なのだ。そんな彼を知らない…という者は人間以外にもはや居ないだろう。
「ハン!天狼が何だって?今じゃどう見ても人間のオコチャマだぜ」
ガシッと稜の頭を掴みグリグリと撫でながら男が言った。
「キッ…サマ…ぶっ殺す…」
ゴゴゴゴと音が聞こえてきそうなくらい凄まじい魔力を放ち威圧すると男は小さく息を呑み手を離した。それもそうだろう、人間にあるのは霊力であって魔力ではない。慣れないものを肌で感じると本能的に霊力の高い者なら身を引くのだ。
「あら、ちょっと霊力が混ざってるじゃない。どうしちゃったの?」
アンタ妖怪じゃなかったの?とでも言うように千波がきょとんとして訪ねる。
「コイツのもんだろ。人間にしては異常なほど霊力が高い」
親指を自分に向けて言うと"この身体の本当の持ち主だ"という様に千波を見る。

「ま、そういう事はあとでもいっか。とりあえず紹介するわ」
気を取り直したのか千波はすぐ傍に居た目つきの悪い男の肩をポンと叩く。男はさも嫌そうに眉間に深く皺を刻むと渋々声を出した。
「俺は和臣だ」
必要以上の会話をしないのか寡黙なのか、和臣は素っ気無い。目付きは悪いがクールといった単語で済まされてしまいそうな雰囲気だ。髪は少々クセがあるのか柔らかそうな猫毛に見える。
「んじゃ次は俺?えっとね、俺は竜慈っていうんだ。宜しく、綾ちゃん!」
ギュッとスキンシップのつもりなのかソファの後ろから稜の首に手をまわした竜慈。身長はなかなか高いほうなのに無邪気で人懐っこい笑顔を持て余している感じだ。癒し系なのかバカなのか紙一重な雰囲気だが確実に言えるのは"大型犬"といったところだろうか。
「俺は綾じゃない。稜だ!聞いてなかったのかこのバカ」
厭味たっぷりに言ったつもりでも竜慈は驚いたようにええっ!?と腕を離した。
「いや、うん。だってほら!女の子だから天狼だーって感じしなくて!」
はっはっはっはー!なんて笑って誤魔化そうとしているがどう見ても話を聞いてませんでした、というのが丸分かりだ。けれど厭味にも気付かないほどの馬鹿というイメージが稜の中でついた。

「俺は秀一です。宜しくお願いしますね―――稜」
微笑みながら手を差し出され男を見上げると、どうにもいけ好かない奴という印象を憶える。ニコニコしておきながら腹に一物抱えてそうな表情がとてつもなく気に入らなかった。けれど外見は人間の男の中でもなかなか良いだろう。気品ある紅茶色の髪とハチミツのような瞳だけは少し気に入った稜。
「うんうん、可愛いのに毒舌…ちょっと俺好みかも知れないね。ツンデレだったらなお好みだけど。ああ…俺は透也っていうんだ。一応神奈川メンバーを代表してるリーダーってとこかな」
こちらの男もにっこり笑って言ったが腹に一物抱えてるとは思えない。言うならばナンパな奴にしか見えなかったという事だ。肩まで伸びた長髪がどこか女らしいと思ってしまったが顔もカッコイイというよりも美人…といった感じだった。もちろん声の低さと身長の高さからして男だが。
「で、さっきから君に絡んでるのが樹。こう見えて頭脳派な奴なんだよ」
お兄さんというに相応しい感じで透也が先ほどから稜の癇癪玉をつついている樹を紹介する。樹は身体こそ大きいしスポーツマンといった感じだが透也いわく頭脳派らしい。
「ま、せいぜい足手まといになるなよ。ガキ
―――プツン
稜の中で何かが弾けた。はじけた…とは言ってもそんなものもう誰から見ても分かる。

「ッ―――こっの木偶の坊!!さっきから黙って聞いてれば人間のクセに陰険なヤツだな!」
「おーおー、陰険ってのは褒め言葉だぜ。昔から陰険なヤツってのは頭がいいんだ」
「どう見てもお前は頭悪そうだけどな」
「ンだとおお!!」

樹が稜に掴みかかった時、ムニッとした感触がして慌てて手を離した。その拍子に稜の拳が見事なまでに樹の顎から入り…華麗なアッパーカットだ。
「よォ、気分はどうだ変態野郎」
フン!と勝ち誇ったような笑みを浮かべて稜は倒れこんでのびている樹をスリッパの先で小突く。なんて光景だと思いながら、どうやら稜は初対面ながら随分インパクトの強い印象を与えていたらしい。
「それじゃ稜君、さっさと綾ちゃんを出して」
「何でだ?」
「まだ自己紹介してもらってないもの」
しれっと言った千波に稜は"しょうがない"と渋々綾に入れ替わった。

「あ…えっと、綾です。初めまして」
ぺこっとお辞儀すると"なんて礼儀正しいの!"と千波が再び抱きしめる。これはもう小動物扱いされているとしか言いようがない。
「僕は白希。天使だ」
スッと手を出され少し躊躇ったが白希といわれた男の手を取る。まるで外見だけは白馬に乗った王子様といったところか。けれど少しばかり冷たそうな瞳が印象的だった。
「あたしは麻弥ってんだ。人間のアンタに言ってもわかんないだろうけど、悪魔さ」
白希と正反対な女だ。確かに天使に悪魔ときけば正反対なのも納得できる。カッコイイ女とはまさにこんな感じだろうか。女子校などに行こうものならさぞやモテるだろう。
「天使…悪魔…ときたらやっぱり私よね」
千波が麻弥と握手していた綾を後ろからギュッと包み込みながら言った。豊満な胸が首筋に当たり正直女の綾でさえ何となくドギマギしてしまうくらいだ。
「ま、私はいわゆる死神ってヤツ?霊界も結構大変なのよ〜」
「千波ちゃん…も大変なんですね」
苦笑しながら話を合わせると"分かってくれる!?"といかにも演技交じりのわざとらしい声で泣き付いた。が…まだまだ紹介は残っているらしい。千波が静かにテーブルの上に止まって羽を休めている真っ黒なカラスに視線を投げた。カラスが羽を広げてお辞儀をしようとした時、突然黒猫がシタッ!とテーブルにおりてきて大声を出した。
「ちょーっと待て!鴉の前にこの猫様だろー!」
黒猫は気取ったようにテーブルの上で胸を張りフフン、と鼻を鳴らす。
「俺の名前は猫!タマじゃないからな!?猫だぞ!猫!」
「おまっ…ついてくんなって言っただろ!」
黒猫に向かって樹が怒鳴る。するとビクリと黒猫は尻尾をピンと伸ばしてガバッと綾の後ろに隠れた。さすがに稜ならともかく綾に代わった瞬間、樹の態度が豹変した。手も足も出せないまさにお手上げ…という表情で口をパクパクさせている。先ほど色々言ってしまった時に怒りもせずに逆に泣きそうになっていた綾を一瞬見てしまった樹はどう接していいのか分からないらしい。
「ダメだよ樹さん、猫ちゃん怖がってるよ」
綾が自分の背後にまわった猫をしゃがみこんで撫でると樹はタチが悪いと思いながら言ってやった。
「ソイツは使い魔だぜ?人間の姿になるんだから普通の猫とちげーんだ」
「へっ…変身するの!?」
言葉を喋る時点で何か普通じゃないと気付かないものなのか、それとも気付く暇さえ与えなかったのか、おそらく後者なのだろうが猫は逃げ場を失った子猫のように(まさに子猫なのだが)尻尾を立てて威嚇する事もせず、逆にその言葉を待ってましたとばかりに跳び上がった。
「チッ…バレたらしょうがにゃい!見ろっ!これが俺の姿だっ!」
ジャジャーン!と効果音でも付きそうなくらい勢いをつけて猫は変身…いや、人型になる。種も仕掛けもございません!な変身を見てしまった!と大興奮して凄い凄いと猫をしげしげと眺める綾。猫というもの黒猫から耳と尻尾は同じようについたままだったが、きちんと人間らしい人間の姿になっていた。
「へっへー!すっごいだろ!使い魔ってのは人型だって取れるんだぜ!」
自慢気に言う猫に凄い凄いとはやし立てる綾。どっちも子供じゃないんだからと呆れる一同。
「だったら僕も凄いよね?綾さん」
パタパタとどこからか入り込んできた鳥は綾の肩に止まってそういった。
「とっ…鳥が喋った!!」
どっちも凄いものに変わりないが"異常な光景"である事を忘れてはいけない。
「えへへ、喋れるだけじゃなくて可愛い男の子にもなれちゃうんだよっ!」
まるで変身する魔女っ子ヒロインのようにシュバッと人型になった小鳥。
「僕の名前は雀。可愛いでしょ?綾さんと稜さんはさっきコッソリ聞いてたから知ってるよ」
にっこり笑って綾の腕にしがみ付くように擦り寄るとポソッと小さな声で囁いた。
「―――僕の名前、可愛いけど甘く見ないでね?」
一瞬腹黒い一面を見せたような雀。そしてやっとの事でタイミングを掴んだのかテーブルで固まっていたカラスが突然人型になった。それはそれは、身長の高くスラリと女性らしいプロボーションを持ったどこかミステリアスな女性だ。
「私は鴉です。魔界より天狼様を使い魔として追ってきましたの」
「え、あ…ええ!?」
天狼さま…?とは自分の事ではないから稜に変わった方がいいのかとオロオロしている綾。すると女も気付いたのかゆっくりと、けれど深々とお辞儀をした。
「天狼様をお助けくださいました綾様でしたね。千波様から全て聞かされておりますので、どうぞ何かございましたら遠慮なくこの鴉に申しつけください」
何とまあこの女性…鴉は元々天狼である稜の使い魔だったらしい。
(もしかして気付かなかったの稜君?)
(あんな人間界染みた生き物になる何て知らなかったんだ)
不貞腐れたようにつっけんどんに言い放つと綾は内心でクスリと笑った。最初見た時は誰でも突き放すような態度で正直怖い印象を持っていたのに今ではたった数日のうちに生れ変ったかのような変貌っぷりだ。
「後はそこに和臣の使い魔、蜘蛛が居ます。彼は寡黙だからあまり喋らないのですが…」
鴉が代わりに紹介しようとした時、天井から綾の目の前に蜘蛛がツーッと糸を引いて降りてきた。正直なところ、綾は普通の女の子同様…虫が大の苦手だ。

「っ―――キャアアアアアアアアッ!!!」

室内に響き渡る大絶叫。それと同時にしまった!とばかりに鴉は天井から伸びてきた糸を切る。すると落ちる蜘蛛は驚いたのか人型になりスタッとその場に着地した。
「なんて事…!蜘蛛、あなた人間の女性の特徴をご存知かしら!?」
「………」
何も喋らずに鴉に怒鳴られた蜘蛛は首を横に振る。人間の女の事なんて自分が仕えるのはあくまで妖怪、魔族であって人間に仕えるわけじゃない。だから知るわけがないのだ。
「はァ…良いですこと?人間の女性というものは大半は虫が苦手なのです。蜘蛛、あなたの外見は綾様の前へ出るときは十分ご注意なさい!こんなんじゃ綾様の心臓がいくつあっても足りないじゃありませんか!」
鴉の言葉に蜘蛛はコクリと頷くと綾をじっと見てからゆっくり口を開いた。
「すまなかった。俺は蜘蛛―――和臣の使い魔、蜘蛛だ…それと、そこで寝ているのが犬だ」
人型になっただけで安心したのか蜘蛛の言葉を聞くと綾は寝ている犬に視線を向けた。気付かなかったが綾の後に入ってきた男達と一緒に入ってきていたらしく、そこには犬が寝ていた。どこからどう見ても犬だ。雑種なのかゴールデンレトリバーみたいな感じだけれどとても大きな犬が絨毯の上に寝そべってぐっすりと眠っていた。
「えっと…もしかしてこの犬も…?」
「ああ、同じ使い魔だ」
そう言われ一瞬疑いはしたものの犬の傍までよると眠たそうにその犬は目を開け、蜘蛛を見る。蜘蛛はというと喋りはしないものの視線で"人型になれ"と言っているような雰囲気だ。それを犬も察したのかスッと立ち上がると人型の姿になった―――が、大きい。
「うわぁ…お、大きいですね…」
綾が見上げる形になってしまうくらいだ。すると犬はやはり眠いのかぼーっとした口調で言った。
「うん…寝る子はよく育つんだよー…僕の名前はー…犬でいいや…うん、みんなそう呼んでる」
犬の姿になるから犬と呼ばれるのか、それとも本当の名前が普通に犬なのか全く分からない。きょとんとしている綾をよそに"もう寝ていいの?"と首を傾げる犬。誰も寝て良いとは言わなかったが犬は綾の手を掴みソファの端に座らせると自分はごろりと同じソファの上で綾の膝を枕にしながら再び睡眠を貪った。
そしてそこへヒラヒラと弱りきった蝶々が飛んできた。
「ひ、酷いです秀一様…私だけ置いていくなんて…」
ショボンとした雰囲気で弱々しく窓から入ってくるとスッと人間の姿になった。
「す、すみません、遅れてしまって…!」
鴉の姿が目に入った途端、慌てたように深々と頭を下げる。どうやら鴉は使い魔の中で一番偉いのか、それとも誰からも尊敬されているのかのどちらかのようだ。
「構いません。それより綾様に紹介なさい。驚いているじゃありませんか」
スッと綾の肩を両手で優しく寄せて男の前へ差し出す。
「あ…私は蝶です。秀一様の使い魔ですが、あの…宜しくお願いしますね」
顔色を伺うように恐る恐る話しかけた蝶を見て綾はぷっと吹き出してしまった。
「宜しくお願いします、ちょうちょさん」
からかうように言ったのが悪かったのかカッと蝶の頬が染まり恥ずかしそうに俯いてしまった。どうやら一番シャイボーイのようだ(ボーイという年頃には見えないのだが)


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