005.神奈川メンバーの部屋決め
「さ、それじゃ本題に移ってもいいかしら?」
本題も何も既に今まで紹介された人達を覚えるだけで精一杯だ。無駄に多かった気がする。
「基本的に神奈川は今のところ平和そのものだし、任務が入る事もあまり無いわ。だから貴方達は今までどおりにしてくれて構わないの。でも出来れば…そうね、新しく極秘探偵のメンバーに加わった綾や稜と親睦を深めなさい。それが今回の任務…とでも言っておこうかしら」
千波がふふっと笑うと透也は任せろ!というように親指を立てた。


「因みに、今年一杯は任務が入らない予定だから援軍が欲しいって他の県に言われない限りは好き勝手に行動してくれて構わないわよ。ただし―――綾をデートに誘うのは禁止」
「ええええええ!?」
千波の言葉に透也がガッカリしたような声を出す。しかし"今年一杯"という言葉に綾は驚いたようだ。どうやら神奈川県は今のところとても平和らしい。他の県では日々任務に追いやられる事もあるようだが、そういった時に要請が来るのだ。要請が来た時のみ手伝い程度に向かえば良いという事で―――ようは、物凄く暇なわけだ。

「綾、稜…よく聞いていてね?極秘探偵の仕事は至ってシンプルなものよ。特に稜、あなたはこの活動に積極的に加わる事で人間界に来て人間を巻き込んだ重罪を免除できるわ。だから…協力するのよ。もちろん拒否権なんてないけどね」
(―――だったら初めからまどろっこしい事言うなよ…)
綾の頭の中で稜は苦虫を噛み潰したような表情をしていたに違いない。
「貴方たちが相手にするのは人間界に紛れ込んだ妖怪や化け物…悪魔といった類が多いはずだから…日々の鍛錬を怠らない事ね。ま、一年は暇があるし平気だと思うけど」
「えっと…怖いけど、頑張りますね…」
綾がオドオドしながら控えめに言うと千波はクスリと笑った。

「大丈夫、貴方は何も心配しなくても良いの―――すぐに強大な力が使えるようになるもの」
「ま、そんな事よりせっかく仲間が増えたんだ。ついでだし部屋決めなおすか」
透也のそんな一言に待ってました!とばかりに極秘探偵である少年達の顔色が明るくなった。


「それじゃ、私たちはこれで失礼するわ。暇になったらまた遊びに来てあげるわね」
「来んな!お前みたいな女はお呼びじゃねーんだっつの!」
千波の言葉に樹が毛嫌いするように突き放す。もちろん千波はそんな事全く気にしていないようだ。寧ろ面白がっていると言っても過言じゃない。
「またまた、テレちゃって」
「千波、そのへんにしときな。樹がキレたらあたしも面倒なんだよ」
「同感だ。彼は見境無く人間界の建物という建物を壊しまくった経験があるからな」
樹は人間でありながらも極秘探偵としての力を手にいれた当初、人間の身体にはあまりに大それた力だったのか暴走させた事がある。そのせいで人間界の建物を破壊してしまい、修復や見てしまった人間の記憶の消去などと大変だったらしい。
「確かに、まーた同じ事されちゃたまんないわ」
呆れた表情になった千波は樹をからかう事を止め、白希と麻弥を連れて一瞬のうちに消えてしまった。どうやら姿を消して自分の世界に帰る事は今に始まった事でもないらしく綾以外は誰も驚かなかった―――いたって"普通の事"なのだ。


「よし。それじゃ好例のあみだくじと行きますか!」
ニヤリと透也は笑って紙を広げる。
「あ、あの…部屋決めって…?」
「一応極秘探偵ってのは最大六人の小団体で行動するんだけど、もっと高度な任務になるとペアで行動する事が多くなるんだ。その為にペアとして団体としての相性っていうのかな?より親密な仲になってお互いの行動を把握しないといけないんだよ。じゃないとフォローもしづらいからね」
例えば二人で行動する時。相性が悪いとお互いがお互いを足手まといとしてしまい、単独行動で結果的に任務を遂行出来ないという状態に陥る事もあるそうだ。逆に言えば相性が悪くてもお互いの行動さえ分かるほど過ごす時間が長ければ、相手がどんな行動に出たとしても自分の動く事や相手の動く様がわかり、どちらも一つの任務に集中出来るらしい。
「でも部屋決めって、まさかこれからここに住むとか…?」
「いや、住んでも構わないし自分の家庭ってのもあるからね。これでも人間なんだよ俺達は」
「元々は妖怪でしたけどね」
透也が紙にペンで線を引きながら言うと秀一がしれっと言う。
「樹以外、ここに居る全員は元が妖怪だった記憶が残ってるんですよ」
「そ、そうなんですか?」
「俺は一向に普通の人間だったけどな」
樹が"こんな奴らに見つからなければ今頃俺ものんびり生活だったのに"と溜息を吐く。
「バカ言うな。そんな霊力たれ流しの人間が普通なわけないだろ」
透也は苦笑して樹に言った。
「俺がお前の事学校で見かけなかったら、そのまま別の妖怪に取り込まれてたかもな」
どうやら透也は樹の事を知っていて、同じ学校に通う先輩後輩の仲らしい。
「今俺と樹と秀一は同じ高校に通ってるんだ。って言っても今年で俺は卒業だけどね」
「こ、高校生だったんですか」
「あー、敬語なんて使っちゃダメだ。俺達は仲間!もっとフレンドリーに行こう。ね?何ならより親密になる為に愛を育むって手もあるんだけど―――
「それくらいにしておけ。この万年発情期親父
ガツンと透也の頭に肘を落とした和臣が鋭い視線で睨みつけた。そんな平和に過ごす時間もまだ始まったばかり。恐らくは禁忌を犯した大罪を免除するための活動となればきっと…過酷なものに違いないのだから今は今で楽しむ事を忘れてはいけないのだろう。


「んじゃ、名前も書き終ったし―――いざ!!」
フンフンフーン♪と鼻歌を歌いながら透也は自分の名前を書いた線を水色のマーカーでなぞる。下へ下へとマーカーを滑らせると出てきた番号には(3)と書かれていた。
「俺3番ね」
キュッと音を立てて数字を書けば同じようにそれぞれが色の違うマーカーで線をなぞりはじめた。そうした決まった部屋が―――後に悲劇を招く事になる。

「嫌だ。俺は綾と組みたい!
「別に透也ばかりが思ってるわけじゃありません―――俺もです
「俺だって綾と組みたい!!」
竜慈が叫びながらマーカーを握り締める。
「馬鹿野郎!誰が好き好んで男と同じ部屋で過ごすかっての!俺だって綾が良いに決まってんだろ!」
樹も唯一紅一点で入った綾と同じ部屋のほうが男としては健全な思いを持っているらしい。しかし綾の中には稜も居る事を忘れてもらっちゃ困る。
「樹が綾と同じ部屋になったら先ほどの二の舞になって稜が出てくるんじゃないですか?」
それじゃ華々しい"女性と相部屋"なんてむさ苦しい男と同室なのと変わりない。
「フン…くだらない。俺は綾以外と同室になるなんてごめんだ
「和臣、お前どさくさに紛れて自己主張し過ぎなんだよ
透也がビシッとつっこむと和臣はフンと鼻先で笑った。どうやら難なく神奈川メンバーとして綾は受け入れられてるらしい。受け入れられてる…とは言ってもほぼ彼らの一目惚れに違いないだろうが。どこにでも居る普通の少女にしか見えないが、綾は普通の少女よりは可愛い部類になるだろう。
「で―――俺たちのお姫様は誰と同じ部屋になりたいのかな?」
透也がソファに座って唖然としていた綾の肩を抱くとまるで口説くかのように話しかけた。
「え、あ―――あみだくじで決まった相手とじゃないの?」
「あんな紙切れ一枚で決められてたまるか」
「それじゃさっきと言ってる事違うよ透也!!」
まるでボケとツッコミだ。因みにあみだくじで決まったのは以下の通りだ。

(3)透也、竜慈
(2)樹、和臣
(1)秀一、綾

「高校生組みと中学生組みが上手い具合にペアになってるし、良いんじゃない?」
綾としてみれば全員知らない人に変わり無いから誰と一緒になっても同じじゃないかと思う。稜はというと少しばかり嫌そうな感情が伝わってくるが別に構わないらしい。稜にとって一番相部屋になりたくないのは樹だからだ。
「だからって何で俺がコイツと相部屋なんだよ!」
「樹、いくらなんでもそれは和臣に失礼ですよ。彼だってなかなか"イイヤツ"なんです」
秀一はつい先日まで和臣と相部屋だったのだ。綾が来る前までのパートナー=部屋割りは秀一と和臣、樹と透也、竜慈が一人部屋という事になっていた。
「パートナーは相性だろ…」
ボソリと和臣が言えば"だからお前とは絶対合わないんだ!"と樹。樹が文句を言わずに相部屋で納得出来たのはこの中で唯一仲の良い先輩の透也、もしくは後輩の秀一くらいだ。ついでに一番仲良く出来なさそうな相手はクールで無口で何を考えているかわからない和臣だった。

「俺だってコイツと同室なんて…!」
「何言ってんだよ!俺だって透也と一緒の部屋になるくらいなら一人部屋がいい!」
「いい加減、決まったんだから我慢ってもんを覚えなさい」
秀一がビシッと叱る。このメンバーの中でお母さん的ボジションに居るのだろうか。
「だぁぁ!やっぱ無理!和臣なんかと一緒に居たら息が詰まりそうだ!」
「詰まれよ」
「俺だって透也と一緒に居たらいつ刺し殺されるかわかんないよ!」
「今刺し殺してやろうか?」
この四人はどうやら今まで以上に相性バッチリらしい。ボケとツッコミがまるで夫婦漫才の如く成り立っているように見える。綾と秀一はといえば、子供の喧嘩を見ているような気分でまったりとソファに座り紅茶をすすっていた。

「何かみんな仲良しなんだね」
「ええ、だから俺たちも負けないくらい仲良くなりましょう」
「うん!」
にっこりと満面の笑顔で言われて綾は同じように笑顔で返すが稜の声が響いた。
(騙されんな!どう見ても下心満々だろうがソイツ!!!)


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