009.出陣!任務開始の合図
天使であった頃の記憶が戻った綾はまるで眠りから覚めるように意識を取り戻した。しかし意識を取り戻すと同時に信じられない光景が目に入った。
今まで気を失っていた(というより意識だけ天界へ戻っていたが)その間に自分の肉体を使っていたのは稜だったのか。そして視界を共有して見えるのは龍ではなく"龍だったと思われる人"だ。どの人物も龍であった時の印象がうっすらと残っている。
「だ、だから悪かったって!まさか本人だとか思わないだろ!俺たち天狼の稜は死んだって思ってたんだから!」
「勝手に殺すな!お前らに俺への忠誠心は無かったのかっ!」
緑龍だと思わしき少年の首を稜が絞める。
「でも今は綾ってヤツが主なんだってー!!」
「ほーう、それは偶然だな、肉体は俺だって綾だこのやろう!」
緑龍を散々弄った(どう見ても苛めていた)挙句、次はお前かとばかりに視線は炎龍に移った。炎龍は悪びれた様子もなく"野郎よりは女の子のほうがイイ"と口にする。
(りょ、稜君、何があったの!?ホント、何でみんなこんな姿になってるの!?)
「おー…テメェら、少し待ってろ。"あるじさま"が起きたみたいだぞ」
稜の言葉にトゲがあるのか顔色が悪くなる龍たち。けれどそれ以上に今まで見てきた稜が酷かったのかコソコソとそれぞれが稜を見て話ていた。
「何か天狼だった頃と稜の性格、変わってねぇ?」
「確かに…あの頃の主だったのなら私たちは今の三倍は絞られていただろう」
「絞られる事も無かっただろうな、あの冷酷さじゃ」
「でも…あの頃よりもずっと楽しそうに見えます…気のせいでしょうか?」
「ぼ、僕なんて…主に覚えてもらってすらいなかったよ…昔と変わってない気が…」
「まあ幻龍はしょうがないじゃない。天狼にはあの頃だって怖がって近づかなかったわけだし」
「でも忘れられてたなんて…ひどいよ」
「しかし、"今の主"は覚えてくれそうだよ。私たち全員を、だ」
散々文句を言われた恨みか土龍のトゲのある言い方に他の龍たちから冷や汗が出る。
「本当にいいのかな、天狼の主は…許してくれるのかな…?」
「ばっか!何言ってんだ幻龍!許してもらうのはあっちだぜ、お前のこと忘れてたんだから」
「…緑龍も僕を忘れたことあるクセに…」
もごもごと言ってみれば緑龍の鉄拳がスパンと振ってきた。


(で、お前―――今まで何してた)
(天界に意識が飛ばされちゃってたみたいで、私、天使だった!みたいな?)
(頼むから通じる言葉を話してくれ)
(んーっと…なんだろう、何て言えばいいのかなー…私、天使だった!みたいな)
(さっきと全然変わってねぇ!)
全く理解できないがとりあえず先ほど腕ずくで十龍たちから吐かせた"綾が天使だった"という事だけは本人の口からも聞いたし事実らしい。いずれにせよ綾の記憶を見てしまえば(プライバシーも何もないが)分かる事だが、何となく言いたくなさそうにしている綾を感じてそれだけはあえて流してやる事にした。

「で、お前らどうすんだ?このまま天狼である俺じゃなく綾に十龍使いの主を認めるのか」
「ハイ、そのつもりでございます。天狼様」
光龍だと思われる男が片膝を稜の前についてしっかりとした視線で稜を見る。
「ま、それは良いが…俺も綾と一心同体だ。二人の主を持つことになるぞ」
「実質的には二人じゃないから問題ないんじゃない?現にあたしたち消えてないし」
くるくると自分の髪を弄っている女…いや、男?が言う。これが水龍か。
「ま、結果オーライって事で良いんじゃねぇの?」
な、稜!と笑顔で言う緑龍に腹が立ったのか思い切り腹を殴る(しっかり鳩尾に入った!)いずれにせよ口答えは出来ない状況に綾のほうが苦笑した。
(でも、これで明日の任務も死なないで済みそうだね稜君)
笑いながら言うには随分と恐ろしい言葉だが、確かに言うとおりだ。
(こいつらの力があれば綾でも何とかなりそうだからな)
(ええ!?それ失礼だよ!私だって天使の力少しは使えるよ!)
(ったく、ただの人間かと思えば天使だとか滅茶苦茶なんだよお前)
(う…ご、ごめん)
(別に良い。天使だろうが人間だろうが俺の中でお前はただのお人好しだ)
呆れているのか、それとも褒めてくれているのか、どちらにしても嬉しい言葉だった。




長い一日も終わり翌日、東京の極秘探偵たちのサポートをしに神奈川メンバーは集まった。
「案の定っつか…お約束っつか…」
樹が呆れたように言った視線の先には未だ夢の中で楽しんでます!といった竜慈の姿だった。もちろん"お約束"の如く竜慈は集合時間にも関わらず透也との相部屋を自分の部屋として住み込み、そのベッドで気持ち良さそうに寝ていたのだ。
「樹―――手段は問わない。起こせ」
透也もさすがに毎回の事で怒ったのか冷たい声で言い放った。
「待ってました!この特製"逆睡眠薬"を試す日が来たようだ!」
嬉しそうにどこから出したのか紫色の液体が入った小瓶を取り出すと寝ている竜慈の頭に遠慮なくぶっかけた。
「な、な、何あの薬!?何か凄い色してるよ!?」
綾もこれは初めて見る光景で(しかも人間界では有り得ない薬に見えて)竜慈の身を案じるばかり。ツッコミ所は多々あるが一つずつ揚げ足を取るときりがない。

「どわぁぁぁああああああッ!?な、な、何!?」

あっさりと竜慈が起きたのを見て樹は満足気に鼻を鳴らす。
「よっし!さすが魔界の秘薬だぜ…ありがとな秀一」
「植物の事なら任せてください。また良さそうな物が育ったら提供しますよ」
この二人は一体何の取引をしているのか仲が良いようだ。二人で組んで今後危ない橋を渡らない事を祈るばかりだが今はあんな液体をかけられて一見無害そうに見える竜慈が心配だ。
「だ、大丈夫?」
綾が心配そうに紫の液体を髪から滴らせた竜慈を見て言うが状況が掴めないのか寝起き早々綾が拝めた事で喜ぶ竜慈。非常に間抜けな性格をしているように見える。
「竜慈、とりあえず五秒でシャワー浴びて来い
「いや、それ無理だから!普通に考えて無理だからぁぁぁあ!!」
この後、竜慈は五秒なんて不可能な事を可能にする術など持たずシャワーを浴びて出てきたのは十分後となり、遅れながら透也の車に全員乗り込むと東京へと向かった。


その頃待ち合わせ場所である東京駅では極秘探偵だと思われる人物ら四人が居た。
「透也のヤツ、何してるんだか…」
苛立ったように言う男は東京メンバーのリーダーらしい。
「まあまあ、どうせいつもみたいに竜慈が寝てたんじゃねぇの?」
「うわ、有り得るなソレ」
「っていうかソレしか考えられねぇよ」
同時刻、車の中で竜慈がくしゃみをしたのは言うまでもない。
「それより神奈川メンバーに女の子が加わったらしいじゃん」
「あー、極秘探偵の女ってちょっとクセが強いからな…あんま期待しないほうが良い」
「失礼な事言うな。女の子は世界の宝なんだよ?期待するなってほうが無理」
語尾にハートマークが付きそうなほど甘い声で男が言えばリーダーと思われる男は深々と溜息を吐いた。そして溜息を吐いた視線の先に映ったのはこちらも一年前に東京メンバーとして加わったばかりの少年だ。
「おーい葉助、気分悪いなら帰っても良いんだぞ?その為の神奈川からの助っ人なんだから」
リーダーの言葉が癇に障ったのか葉助と呼ばれた少年はキッと睨みつける。
「ふざけんな!俺が居ないと何も出来ないクセに!」
「はいはい、期待してっから頑張ってくれよ」
にっこり笑って言ったリーダーの言葉で少しは機嫌が直ったのか今度は照れくさそうに「わ、わかれば良いんだよ分かれば」と頭をかく。


そしてようやく神奈川メンバーが到着した頃―――時刻は既に夕方になり時計の針は五時をまわっていた。そんな時間まで律儀に待つ東京メンバーもどうかと思うが。
「いやー、悪かったな遅くなって。竜慈が寝ててさ」
「寝てたって理由でここまで遅くなるわけ無いだろ!」
「だから悪かったって言ってるじゃないか」
ぶーっと唇を尖らせて言う透也だが、そんな様子だと悪く思っている事は何一つ無いようだ。

「君が新しいメンバー?思ったとおり、可愛いね」
ウインク付きの笑顔に甘い声。こんな男におちない女は世の中に居ないと思わされるほどの死語ではあるがイケメンだ。ぎゅっと手を取り握手を強引にさせられるとボッ!と顔から火が出るんじゃないかと思うほど綾の顔が赤くなった。
「なっななな、伊純テメェ!!俺の綾に何てことすんだ!ああー綾が穢れるぅぅうう!」
竜慈がガバァッ!と綾を抱きかかえると悲嘆に暮れたような声をあげる。ただし発言に問題があったのか今度は和臣が竜慈から綾を引き離して呆れたように言った。
「いつからお前のものになったんだ」
もっともだ、とその場に居た神奈川メンバー達は思った。
「良いか綾、アイツは伊純って言ってな―――とにかく女ったらしだ!今まで捨てられて泣かされて人生を台無しにされた女は数知れず!とにかくアイツに近づいたらダメだぞ!皆で綾の貞操を守れ!それが俺たちの任務だ!!
「ちょっと待てぇぇぇえい!!」
透也が勝手に任務を決めた事にツッコミたい人間はおそらくごまんと居る。その中でも真面目に太一はつっこんだ。
「いいか!俺たちの今日の任務は救出だ!頼むから勝手に任務を仕切らないでくれ!」
何とも可哀相な人である。これだけ真剣に力説しているものの、神奈川メンバーはおろか自分のメンバーですら全く話を聞いていない。その後姿は哀愁漂う男の背中だ。しかもその間には伊純が「そんなのでたらめだ!」と弁解していたり竜慈が「だったら何で綾の手を握ったんだ!」と吠えたり「今時手ぇ握ったくらいで穢れるとか有り得ないでしょ!」「いいや綾は純粋な女の子だから穢れるんだ!」などと意味のわからない小学生並の言い争いが続いていた。

「あらあら、ダメじゃないちゃんと任務を遂行しないと」
そんな間の悪い場面に出てきた千波。その登場にピタリと喧嘩はおさまり今更任務に気付いたと言う様に皆真剣な表情になった(一体この変わり身の早さは何なんだ、と稜は綾の中でつっこんでいたらしい)任務の内容を大まかに説明すれば行方不明になった人間が実は人間界に時折出来てしまう時空の歪により魔界に迷い込んでしまったらしく、その人間の救出…という事らしい。
「そんな重大な事を何でもっと早く言わなかったんだ!」
「お前らが俺の話を聞かなかったからだ!」
普通なら太一の言葉は正論だが常識なんて(色んな意味で)極秘探偵の人間には通用しなかった。もちろんこの中で一番真面目なのが太一だというだけの事なのだが。
「太一と伊純、それから―――そうね、樹と秀一。情報操作に回ってちょうだい」
情報操作とは極秘探偵として任務遂行の際に自分たちのメンバーが動きやすいよう(魔界では罠などが多く仕組まれている事が多い為)メンバーの周囲に至る情報を操作し報告する、いわゆる案内役というものだ。その案内に使用される霊界特製の機材らしい。
「極秘探偵って―――意外とサイバーチックだったんだね」
「いや、全然まったくそんな事はないぞ」
綾が天然なのか思ったまでの感想を述べると東京メンバーの一人がつっこんだ。
「俺は崇ってんだ。よろしくな」
「あ、宜しくお願いします」
きょとんとして握手すると崇は色々と初めてである綾に説明をしてくれた。こういった任務は一つのパターンで毎回同じものとは限らないらしい。今回はたまたま偶然「機械的組織的」な任務だっただけの事らしい。
「ま、どっちにしろ任務で一番大変なのは動く側なんだけどな」
「動く側…」
ようは戦争で言う前線に立つという事なのだろうか?

「習うより慣れろって言うし、綾は今回初の駒ね」
「コマ?」
「樹達が言う情報を全て飲み込んで的確に動く役割の事よ。慣れれば一番楽かもね」
崇と言ってる事が全く違うじゃないか!と思いながらもさり気なく渡されたヘッドフォンを付ける。
「あとは―――崇と和臣、竜慈と透也、葉助と綾でペアを組んでちょうだい」
「まあ、妥当な組み合わせだな。俺一人でも何とかなるし」
フフンと葉助は綾を見下す。相当自分の腕には自信があるようだ。
「綾、危なくなったら稜に変わりなさいね」
千波に言われ"今すぐにでも代わりたい"と思い始めた。
「それ、アンタと融合した妖怪だっけ?どうでも良いけど俺の足引っ張るなよ」
随分と意地悪な事を言う人だと綾はうんざりしながらも苦笑するしかなかった。

「それじゃ、各ペアはナビゲーターの指示をきちんと聞いてちょうだいね」
樹に全体の事はあなたに任せるから、と千波が告げると樹は面倒そうに溜息を吐いた。


魔界の歪が唐突に現れたとされる"行方不明者が出た場所"に着くとそれぞれの持ち場につき、魔界へと突入した。
『良いですか綾、極秘探偵とはいえ皆の身体は人間です。生身の身体で魔界に入るという事は長時間の活動は出来ませんので、ここでの時間は二時間が限界という事だけ覚えておいてください。時間内に任務遂行が難しそうであれば迷わず稜に代わって下さい』
彼はやるべき事を躊躇わずにやってくれるはずですから、と秀一はヘッドフォン越しに言う。
(アイツ、俺にも聞こえてるって分かって言ってんだろうな)
綾に稜が言うと綾は表面上に出さず"そうだね"とだけ呟いた。

『崇、和臣。二人は銃を使うから遠距離であの二人の援護をお願いするよ』
二人のヘッドフォンからは伊純が指示しているらしい。カチッと銃を構えると和臣は無愛想に、崇は任せろ!とでも言うように声を揃えて「わかった」と呟いた。
『透也、魔界の入口のわりにここは随分妖怪が住み着いているようだ。綾と葉助の援護を近距離から頼む。ほんの少し下がった位置で二人の背後を頼むぞ。俺が指示するから』
「何か太一に指示されるってムカツクな」
「それじゃお前は俺に従え。神奈川のリーダーは俺だからな」
竜慈と透也はほぼ太一の話を真剣に聞いていないように見えるがそれぞれ武器を構える。竜慈は遠距離向けに見える弓を使うが彼の弓は特別で矢が無い。その理由は竜慈の矢は竜慈自身が具現化し放つものだから遠距離であろうが近距離であろうが関係ないのだ。もちろんその射程も攻撃力もだ。透也はと言えば日本刀でまさに近距離向けだ。

「それじゃ、任務開始よ」


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