010.神奈川メンバーは個性的
任務開始という千波の合図からそれぞれはいっせいに動き出した。
指示を与える特殊設置されたモニター室ではいつの間にか麻弥と白希も来ていたようだ。それぞれのモニターに映る極秘探偵達を見て任務を遂行出来るか不安だというように見ている。
「本当に大丈夫なのか?先頭に出ている二人はまだ極秘探偵として日も浅いのに」
白希が言えば麻弥はカラカラと笑い飛ばした。
「だーからアンタは甘ちゃんなんだよ。やっぱ天使様ってのはどいつもこいつも同じだな」
「何を!?お前はこの二人が任務を遂行できると思ってるのか…!?」
「当たり前だろ。葉助が出来なかったとしても―――稜ならまず出来るな」
「稜―――あの女性と融合したという天狼か」
モニターに映る少しばかり妖怪の攻撃を交わしながら(というより葉助に邪魔扱いされて庇われているだけに見える)一応は遅れを取らずに進んでいる少女を見る。
(―――融合しているとはいえ、ただの人間にしか見えない)
「本当に"殺し"を出来るのかって顔してるな、白希」
麻弥が白希の表情を見て鼻で笑う。
「そりゃあ天使様から舞い降りた任務の内容が殺しだなんて、天界の神も随分と非道なもんだろうね。そういう仕事はあたしら極界の悪魔に任せりゃいいのに」
白希がギリッと唇を噛み締める。それもそうだろう。自分の信頼する神を侮辱されて怒らない天使は居ないのだ。しかし天使と正反対の悪魔からすればそんな光景こそが腹立たしいだけであり、挑発したくもなる。
「ちょっと麻弥ちゃん、ダメよそんなに白希を挑発しちゃ」
クスッと笑いながら千波が静止すると麻弥は再び豪快に笑って「ハイハイ、わかってるよ」と言ってモニターに映る極秘探偵達に視線を戻した。極秘探偵たち…綾と葉助はどうやら進んで行くうちに分かれ道に当たってしまったみたいだ。その後ろをついていた透也や竜慈らも立ち止まる。分かれ道は二本という単純なものではなく五本もあったからだ。


「秀一、どの道を選べばいいの…?」
『ちょっと待ってください―――樹、まだ解析は終らないんですか?』
どうやら指示の全体を通しているのは樹らしい。本当に頭の良い人だったんだーなどと暢気な事を考えている綾。
『綾、葉助、その道は右から二本目の道を進んでください』
暫くして指示が来るとどう見ても危険そうにしか見えない道が指示された。
「ふ―――っざけんな!!どう見ても危ねぇだろ!本当に信用できんのかよその指示!」
葉助がマイクに向かって怒鳴ると『俺の指示は絶対だ!』と樹の声が響く。
「あ、あのさ、とりあえず進めば良いんじゃないかな?ほら、喧嘩しててもしょうがないし」
「綾の言うとおりだ。ここでの行動時間は限られてるんだ。有効に使え」
崇も前方に現れる小さな妖怪をコルトパイソンで打ち抜く。普通の人間界の銃では全く効果は無いが和臣も同じような銃を使用している点から高い霊力や妖力により具現化された銃だと言える。もちろん銃弾も同じようにコーティングされているのだろう。
「違う!俺が言ってるのはこんな足手まといが居たら危険すぎるって事だ!」
葉助が癇癪を起こして怒鳴ると「ああ、そういう事か」と納得したように崇が頷く。
「綾、コイツこう見えて綾の事が心配なんだってさ」
ニヤニヤと笑いながら言うと葉助がトンファーで思い切り崇の頭を殴る。
「ってぇ!!何すんだこのクソガキ!」
「うるさいっ!ガキって言うなガキって!このスケコマシ!
「おまっ、意味わかって言ってんのか!スケコマシってのは伊純の事だ!
『 ふ ざ け ん な 』
まるでコントでもしているかのような気分になってくるが時間は刻々と迫っている。東京メンバーのコントは放っておけばいいと和臣が呆れて綾の腕を引き先へ先へと進んでいってしまった。

「綾、お前―――稜には代わらないのか?」
「う、うん…やっぱりちょっとは自分の力で頑張ってみようかなって思って!」
「その気持ちは分かる、でもそれが今足手まといって思われてんだ」
「どういう―――意味?」
和臣も綾を心配しているのか上手く伝えられていないが「稜に代われ」と言っているのだ。争いに慣れていない者よりも妖怪という争いが日常である嫌でも実力が知れている者に代われば少なからず皆安心できる、という事らしい。
「お前がただの人間なら今こうしている時間が無駄だって事だ」
「わかってる―――頑張るからもう少し見てて?ね、お願い」
へへっと笑って言う綾には少しばかり余裕が見えた。それもそうだろう。今ここで綾が昨日とは違い能力を身につけていると知っているのは綾の中に居る稜くらいだ。いや、もしかしたら千波も知っているのかも知れない。そうでなければ初めての任務で綾を危険な位置に着かせるわけがない。

―――ガッガァァァアアアッ!

突然道の先方から妖怪が沸いてきた。その数はもはや数え切れないほどと言っても良いだろう。和臣はチッと舌打ちすると銃を構えて一匹ずつ打ち抜いていく。喧嘩をしていた崇や葉助も気付いたのか各々に妖怪に向かい攻撃をしていった。
「ダメだ!後ろからも沸いてくるぞ!」
透也の言葉に引き返す事も難しいと知ると一瞬"やはりこの道は失敗だったか?"とその光景をモニターから見ていた樹も下唇を噛む。

(綾―――俺と代わるか?)
(まだ代わらない!十龍に力を貸してもらうんだから―――!)
稜の声が引き金になったのかキッと視線を前方の妖怪たちに向けると両手を前に突き出した。その光景に何をする気だと視線が集まる。

「十龍召還―――攻の陣、土龍!」

急激に綾の霊力が高まり地面が割れ、棘のように岩が生えてくる。
「なっ―――…!?」
前方の妖怪を一掃した綾の能力を見て周囲は目を見張る。
「守の陣、嵐龍!」
次は強風が妖怪たちに向かい吹きぬけて遠いところまで飛ばしていく。前方が綺麗に片付いたところで綾はホッと一息ついた。
(十龍がこんなにしんどいものとは思わなかったぁ…)
(まあ普通は妖怪に与えられる力だからな。霊力じゃ妖力の倍以上消費するって事だ)
冷静にしれっと返答が返ってくるのが少しばかり癪に障る。
「お前っ…そんな力があるなら最初から使えよ!」
葉助が後方の妖怪を無視して駆け寄ってくる。ここまで来て引き返す事も無いと透也や竜慈、崇も思ったのか同じように少しばかり倒すと前へ前へと道の先へと走った。
『よくやった綾!このままブチ進んでいけ!』
ヘッドフォンから樹の大声がして思わずうわっ!と叫ぶと葉助と綾は同じようにヘッドフォンを耳から離した。さすがに遅かったのか数秒はキーンと耳鳴りに苛まれたが。


「こりゃダメかもな―――せっかく凄い能力なのに台無しだ」
綾の十龍召還を見て麻弥は呆れたように目を細めた。
「あらら、綾ちゃんたら妖怪を殺さずに追い払っただけなんて…あとで叱らないと」
千波は綾がこの能力を使う事を予想していたのかニッと口元を楽しそうに緩めた。ただ白希だけが綾が殺さずに妖怪を追い払った光景を見て何かを感じたようだ。それはやはり今回の任務遂行は無理だという感情だったのか、それとも天使として殺さずの意思に対し誠意を感じたのか、それは白希のみぞ知る。


『そこの門は入らないで、崩れてくる仕組みのようです』
「じゃあこっちか!?」
『そっちは駄目だ。目的地に着くのが遅くなる―――だから門を先にぶっ壊していけ
「「そんな無茶な!!」」
『だったらダッシュで走って遠回りでもするんだな!』
いつの間にか秀一のマイクを取り上げて樹が自ら指示を出している。もっとも―――無茶な指示しか出さないが。そしてその光景を見ていた崇と竜慈がボソッと言った。
「綾なら壊せるんじゃね?」
「葉助なら壊せるんじゃね?」
嫌なハモり方だと思いつつ聞かなかった事にする。もちろん綾の十龍召還であれば確かに壊せるが先ほど二匹も召還したばかりで霊力を再び溜めるまでに少々時間がかかる。

「くっそー、お前もっと早く走れないのかよっ!」
葉助が全力で走っているであろう綾に向かって怒鳴る。これでも綾は運動が得意という方でもなく至って普通なのだ。先ほどのように嵐龍を召還すれば追い風と共に空中を飛行する事も出来ると稜に聞いたが、そんな事をするほど霊力がありあまっているわけじゃない。
「こっこれでも全力なのっ!自慢じゃないけどマラソン大会ビリだったんだからーっ!」
「本当に自慢になってねぇよ!」
いつの間にか普通に仲良くなっているようにも見える二人だが、まだ任務は続いている。
『綾、葉助、前方に建物は見えませんか?』
「―――あ、家みたいなのが見えるな」
葉助が息を乱さず辺りを確かめて言う。綾はといえばゼェゼェと酸欠状態だ。
『入って下さい。そこに人間の人質が居るようです』
「オラ、行くぞ!」
葉助が綾の腕を引いて走ると綾はもうダメ!とさすがに稜に代わってしまった。

「オイ、手を放せ。邪魔だ」
突然の変化に"いまさら妖怪に代わるのかよ!?"とつっこみたくなった葉助だが、この妖怪だったら魔界で有名らしい天狼だと太一から聞かされていた為にさほど驚きはしない。
「今更代わんな!バカ綾!」
「綾がバカ、な―――否定はしない」
しない、というよりも出来ないと言ったほうが正しい。
(もうっ!バカって言うほうがバカなんだからねっ!)
同じ肉体なのにどうしてこうも二人の運動能力や神経が違うのかと考えたがそれはやはり綾の中に埋め込まれた天狼の力の源―――核の使い方というヤツだろう。綾自身でも同じ身体を共有している以上、天狼の核を使う事は出来るはずだが核というのは妖怪の心臓とされるものだから稜は使い方を教えない。命を手のひらに転がされるようなものだからだ。もちろんそれは綾の神気や天使の能力も同じようなものだが。


建物の中へ入るとどこからともなくヒュンヒュンと勢いをつけて葉が飛んできた。葉だからと言って軽んじてはいけない。ナイフのように切れ味が良すぎる魔界の植物なのだから。しかし葉助はこんな子供だまし通用しないとばかりに突っ込んでいく。そんな葉助の襟首を掴みその葉を全て交わしたのは稜だった。葉は全て交わしたが交わした後に入ってきたドアに突き刺さって爆発した。
「これでも子供騙しか?魔界の植物をなめんな"人間"」
皮肉たっぷりに言ってやると葉助は唇を噛み締めて稜を睨みつける。
―――こんな妖怪ごときに、この俺が劣るはずない!

「秀一、人間はどこだ」
『待ってください。今建物の図面を解析してるみたいです』
「わかった、こっちだな」
『ちょっと待て!右だ右!そこの階段上がってけ!ってか俺の指示を待ちやがれ!』
『樹!もう限界です!さっきから俺の上に乗って勝手に指示しないでください!
『しょうがないだろ!お前の方が小さいんだから我慢しやがれ!
『だから言ってるでしょう!もう我慢も限界だって!
『うわっちょ、おまっ!何すんだオイ!こらっ!痛い痛い痛い!』

「ナニしてんだあの二人―――!?」

「通信機オンにしたままコント始めんなよ」
怪しい会話になりかけていた秀一と樹の会話に葉助が激しくつっこんだが稜はコントだと一人で自己完結して先へと急いだ。

するとふと目に入った扉から人間の気配を感じてズカズカと歩いて勢いよく足でドアを破る。案の定部屋の中では女が三人、肩を抱き合い震えながら座り込んでいた。
「―――こいつら、どうするんだ?」
『とりあえず自己紹介して安心させるのが最良ですね。人間の心理です』
『お前、人の事言えるのか?』
『あんまりつっこむと殺しますよ樹』

「だからコントはもういいっつってんだろ!切るぞ!」
この時はさすがに葉助もつっこみたくなった。お前もコントに混ざってるぞと。しかしつっこむ暇などもはや無く、稜は通信機であるヘッドフォンの電源をブチッと切ると女たちに向かって言った。
「まあいい。女ども―――余計な事は言わずに俺について来い
「ソレって命令じゃないのか!?」
「お前も黙ってろ」
ビシッと稜に言われてしまった葉助は先ほどの秀一と樹の意味不明な(怪しげな)コントと言い、自分以上な稜の身勝手さに神奈川メンバーは変な奴が多いのか!?と思わざるをえなかった。


こうして人間の救出は成功し帰り際に後方からやってきた妖怪を稜が十龍召還により再びそこいらに散らばして難なく最初の任務は終ったかのように思えた。
しかしこの時、稜が通信機を遮断した事は任務遂行にとって大きな間違いとなった事を知る者は誰も居ない。


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